別れ

昨日、可愛がっていたセキセイインコが死んだ。
もう十歳になるし、卵詰まりから腹部が2センチ以上のヘルニアになり、それでもずいぶん元気だと思っていたが、ここ数日の雪や寒さの戻りで、急に元気がなくなっていたのには気づいていた。
昼間、声をかけて遊んでやろうとしたが、眠たそうに羽をふくらませていたので、しつこく誘わずにいた。
夕方、娘が気づいたときにはカゴの隅に横たわっていた。
慌てて抱き上げた。
まだ温かかった。

いつもみたいに「ママ、ぴーちゃんと遊んで!」と声を出してくれていたら…。
これほど弱っていたのに気づかなかった。

「カゴから出して!」
「遊びましょ!」
「ぴーちゃんのママ!」
「ぴーちゃんは鳥ちゃんだ! なんてことだ!!」
「見て見てぴーちゃんを見て! 見ろってば!」
などと、女の子には珍しくよく喋る子だった。
教えてもいないことまで、どこかしらで覚えたり、めちゃくちゃにくっつけたりして喋っていた。
愉快だった。
雛のときから私が差し餌をして育てたので、私のことを親だと思っていたし、子供たちのことは自分の兄弟、或いは子分だと思っていたようだ。
離婚して、一人で子供を育てていた最も辛かった十年を一緒に生きてくれた小鳥。

もっと遊んであげればよかった。
もっともっと一緒に過ごしてあげればよかった。
ぴーちゃんには私がほとんど世界の全てだったのに…。

迷いもせずに飛んでいっただろうか。
飛ぶのが下手くそで怖がりだったぴーちゃん。
私の髪に絡んで遊ぶのが大好きだったぴーちゃん。

今朝、カーテンを開けて、いつも通りおはようと言いながら鳥カゴの覆いを取り除けようとして気づいた。
ぴーちゃんはもういない。
けれど私はさよならをまだ言えずにいる。

# by piyoyo-009 | 2009-03-05 17:36 | My Life 

貧乏神

貧乏神を祭る神社があるという。
貧乏神とは全くありがたくない神様だが、それと縁を切るために参拝する神社なのだそうだ。
しかし、その参拝方法を見て、おや?と思った。

叩いて蹴飛ばして豆を投げつけるのだという。

正直、日本人の感覚にはそぐわないと思われた。

西洋に貧乏神にあたるものがあるという話は聞いたことがないが、日本では、疫病神にしても死神にしても「神」と呼び習わす。
人智を超えた計り知れないものは、その影響の善悪に関わらず「神」として畏れ敬ったのだ。
貧乏をもたらすモノがいたとしたら、それは辛くてイヤなことには違いない。
しかし、日本人的考え方で言うなら、ソレを叩いて蹴飛ばして追い出すのではなく、畏れ敬って出来るだけ穏便に、と乞い願うか、敬して遠ざけるのが礼儀というものだろう。

この神社、別に宗教法人でもないようであるし、むしろ貧乏神サマに託けて金儲けの匂いさえ感じる不快感がある。
それによって心が強くなり、借金を清算できたという人がいるのなら、それはそれで喜ばしいことだ。
だが、少なくとも私は参拝しないし、信じない。

世界的に貧乏神が力をつけている気配はある。
だが、格差を作っているのは間違いなく人間自身であろう。
神様のせいにしたらバチがあたる

PS 発熱が続いて往生しております。2/11以降の日記はぼちぼち埋めていく予定です。

# by piyoyo-009 | 2009-02-27 20:29 | My Soliloquy 

Lesson9 点字入門①

訓練会で、点字を教えてもらった。
一通り、理屈はわかっていたつもりだが、実際に点字を打ってみるのは、ほぼ初めてだった。

まずは、点字器に慣れるために「め」というひらがなを打つ。
点字は縦3点、横3点のポッチが1文字(或いはひとつの意味)をあらわすのだが、「め」は6点全てが打たれたもの。つまり、とりあえず全部打ってみる、ということだ。

・・                      ・・
・・ = め        ・ = ま行 + ・ = え段
・・           ・・

(うちの画面では揃っているんだけど、ズレてたらごめんなさい)

「め」は母音の「あ」を示す1,2,4番の3点と、「ま行」を示す3,5,6番の3点をあわせたもの。
従って、1~6番までの全ての点が打たれたもの、ということになる。

点字は小学生のときに考えて友達と遊んでいた暗号に似ているな、と思いながら、せっせと手を動かした。

ちなみに、上記の表記は「読む場合」の点字である。
これは点字のポッチの凸側を見るときのものだ。
「書く場合」の点字は凹側になるので、ポッチの出方は逆転するのに注意が必要だ。
「め」は全ての点を打つから結果としては同じなのだが、

           ・・
・ = ま行 +  ・ = え段
・・

のように、すっかり裏返しになるわけだ。
め打ちに慣れたら、50音を順に打っていく。
間違えたら「め」を三文字くらい打って消していく。鉛筆なら塗りつぶすイメージだ。
だんだんと慣れて、ポチポチ音もリズミカルになってきた。
原則ルールと違う文字だけは個別に覚えなければならないが、駅やエレベーターの点字くらいならわかるようになったのではないかと思う。

# by piyoyo-009 | 2009-02-14 20:25 | My Lesson 

膀胱炎

先日来、腹部に違和感があり、重苦しい日々を過ごしていた。
もしかしたら子宮筋腫が大きくなっているかも…と思ったのだ。
10年近く前、子宮筋腫がある、といわれて以来、検診らしい検診は受けていない。
盲学校に行く前にキレイな体にしておかねば、と重い腰を上げ、産婦人科のドアを叩いた。

産婦人科の先生は年配の女医さんで、女性の立場に立って考えてくれるのが評判でいつも混みあっている。
予約優先なので、しばらく待ったが、ほどなくして呼ばれて検査をしてもらった。
注射や流血は平気だが、産婦人科の検査はどことなく目のやり場に困る。
自分の体を見るのが恥ずかしいのではなく、自分の体を真剣に見ている人を見ることになるからだ。

検査の結果、筋腫は思っていたほど大きくなってはいなかった。
子宮がんの結果は一週間後にわかるが、筋腫の状態を考えれば、可能性は薄いだろう、と。
では、あの違和感はなんだったのか、というと、膀胱炎だったのである。
抗生物質ですぐに良くなるから、といわれ、処方してもらった。
これで治らなければ、腎臓も炎症を起こしている疑いがある、とも。

道理で微熱が続いていたわけだ。

腎臓のトラブルとは小学校4年生以来の付き合いである。
当時は、腎臓と腎盂に炎症を起こして、一年近く断続的に学校を休まねばならなかった。
いつも微熱があり、けだるかったのを覚えている。

薬をもらって帰宅。
これで治れば良いのだが。

# by piyoyo-009 | 2009-02-13 17:52 | My Life 

白杖でお散歩

先日、消えてしまった日記である。

所用があり、散歩がてら、親水公園を通って3kmほど歩こうと考えた。
風が冷たく強かったが、日差しは明るい。
しかし、その明暗の強さで周囲が非常に見づらく、日中ではあるが人気の少ない公園なので、白杖を使おうと思って折りたたみ式のを取り出した。
公園の砂地や砂利道は少々歩きづらいが、それでもまぶしさと暗さに耐えて必死に周囲を見回す必要がなくなって、かなり楽である。
白杖ついて公園散歩するなんて、夢にも思わなかったわい、と考えながらぽくぽく歩いていったが、途中公園の工事で行き止まりになってしまった。
景観保護のための緑色の工事フェンスに突っ込みそうになったのである。
これは見えん。

仕方なく公園を出て通りに向かった。
表通りは車も多いので、一本裏道を使う。
点字ブロックはないが、人も車もほとんど通らず、白杖をつきながらまったりと歩いていく。

途中三回ほど、びっくりドッキリしたことがあった。

一回目。
工務店の前で寝ていた犬を突っつきそうになったのである。
ちょうどインターロッキングと同じ色合いの毛並みで、直前まで気づかなかった。
あれ、白杖で突っついていたら、噛み付かれたりしたかしら?
ともかく犬の昼寝の邪魔をしないですんで良かった。

二回目。
裏通りの細い歩道をぽくぽく歩いていたら、白杖がブニュっと奇妙な感触。
思わず立ち止まったところ、脇に駐車していた車の陰からおじさんが顔を出して、
「すみません、大丈夫ですか」
と声をかけてくれた。
洗車のために歩道に伸びていたホースをつついたらしい。
まだ水を出していなかったので、気づかなかったのだ。
大丈夫です、ありがとう、と答えて散歩を続ける。
ふむふむ、ホースの感触ってあんななのね。

三回目。
最後に大通りに出た。
まぶしくて信号が見えない。
と、前方から足音。男の人が一人、横断歩道を走ってきた。
見えはしないが、信号無視とわかる。
が、その男性、おそらく私の白杖に目を止めたのだろう。こちらに渡ってきて立ち止まると、こう言った。
「まだ赤ですよ。…あ、青に変わりました」
私がお礼を言って歩き始めると、彼は再び走り出した。
私が白杖を持っていなければ、決して声をかけることはなかったはずだ。
交差点ですれ違う。ただそれだけの関係で終わったはずだ。
しかし、袖摺りあうも他生の縁、か。
白杖を持っていたおかげで、その人のことが少しだけわかった気がした。
信号無視をしはしたが、私がそれにつられて飛び出さないような心配りの出来る人だったわけだ。

おかげで無事に目的地に着くことができた。
白杖を持っていると、全盲だと思われがちだが、私はたぶんまだかなり見えているほうだ。
それでも、正直、もう白杖を使ったほうが足元ばかりを気にせずにすんで楽なのだ。
歩くことと周囲の安全を確認することだけで疲れ果ててしまい、それでいて周囲から挙動不審人物と思われるよりも、見えづらいときには、あるいは慣れていない場所では、白杖を使ったほうが良いのだろうなぁ、と実感した。

# by piyoyo-009 | 2009-02-12 20:45 | My Condition 

< 前のページ 次のページ >